Masuk(清二 視点)
速水から俺宛に、メッセージカード入りの花束が届いた。慎ましくも愛らしい花束は俺好みだ。速水がその繊細な手でこの花束を整えたと思うと、年甲斐もなく唇を寄せたくなる。まあ……しないが。
「さて、メッセージカードには何が書かれているかな……えっ!?」
メッセージカードを握ったまま手を震わせてしまった。これは、速水からの誘いなのか?そういう事なのか?
繊細な花束に添えられた大胆過ぎるメッセージカード。
このイラストは、『アナルとペニス』だよな?つまり、そういう事なのか?速水、そうなのか?いいのか?
俺はお前に会いに行ってもいいのか?抱いていいのか?
「いや待て、落ち着け……」
速水に会いたい。会いたいが、問題がある。
兄貴より俺の方が、愛を込めて速水を抱いている自信はある。だが、あいつは竜二とのセックスを経験した。速水はセックスドラッグを盛られ、竜二と抱き合った。その興奮と快感は尋常ではなかったはず。
「そのセックスと比べられるのは……耐え難い」
今でも、その辺りの中年男性よりは均整の取れた体つきをしているとは思う。顔も、まあ……そう悪くは無い。だが、若い男のあそこに勝るかと問われると否定せざるを得ないだろう。若い頃の自分を思い出せ。一晩中腰をふって獣の様に女と交わった。
……だが、今はそんな無茶はできない。
速水への情の偏りを解消するために愛人を増やしているが……そのために、俺のあそこはかなり疲
(速水 視点)三原が僕を背後に庇い、石井と対峙している。石井の眼光が鋭く三原を捉える。本来なら、従業員の三原を、僕が守らなければならない。『かさぶらんか』のオーナーなのだから。なのに僕は震えて、三原の背中に隠れている。情けなさに胸が灼ける。だが今は、三原の背から伝わるぬくもりが唯一の救いだった。冷静さを取り戻すための時間を、彼が稼いでくれている。僕は深呼吸を繰り返し、事の成り行きを見守った。「石井さん、伍代は速水の護衛です」三原の声が、静かに響く。「護衛として、伍代は速水が視野欠損した原因を知り、早急に対策を立てる必要があるとあの場で判断したのだと思います」間を置いて、三原は続けた。「伍代が強引に速水から事情を聞き出そうとしていると、石井さんには見えたかもしれません」その言葉に、僕の胸が疼く。「ですが、伍代と速水は貴方が思うよりもずっと親しい間柄です」三原の言葉が、慎重に紡がれていく。「彼らには、独特の信頼関係が成立しています」信頼関係——その言葉に頷いた。僕は伍代を信頼している。彼の前で無防備になりすぎて怖いぐらいに……。「速水が伍代に過去の事を話したのも彼を信頼していたからです。そうだよな、速水?」三原が僕に問いかける。「うん、僕は伍代を信頼してる」僕は三原の背中越しに答えた。声が震える。それを隠せないことに、また自己嫌悪が募る。「たとえ信頼関係があっても、触れたらあかん過去はあるやろ?」石井の声が、低く響いた。空気が硬化する。「伍代はそれを無理に速水に話させた」その通りだった。「俺は速水が花束に隠れて涙を流しているのを見た。本当は話したくなかったんやろ? 俺にはそうとしか思えんかったで、速水?」胸が締め付けられる。石井の言葉が、核心を突く。彼は正しい。僕は話したくなかった。けれど、伍代に問われれば答えてしまう自分がいる。「そもそも、あんな過去を店内で速水に話させる必要はなかったやろ」石井の声に怒気が滲む。「あんまりに配慮の足りん酷い行為や」僕は唇を噛んだ。石井の怒りが、僕のためのものだと理解している。でも、僕は伍代を庇いたい。「確かに『かさぶらんか』の店内で話す内容ではなかったと思います」三原が、静かに認めた。「石井さんには、不愉快な思いをさせてしまいました。申し訳ありません」三原が頭を下げ
(速水 視点)清二から貰った大きな花束を胸に抱えながら、伍代からの厳しい尋問を受けていた。視野欠損の経緯と三原が知っていた理由を問われたので、まずは三原の件を説明した。「『かさぶらんか』のモニタールームを初めて見学した時、ちょっと室内が暗かったんだよね。だから、照明を明るくしてもらう為に、三原に視野欠損がある事を説明したの」あの日の記憶が蘇る。薄暗い室内で、わずかに足元が心許なかった。「まあ、実際はモニタールーム位の明るさなら問題なく歩けたんだけど、不注意で僕が転んだものだから、余計に心配かけてしまって」言葉を続ける。「三原は、優しい上に心配性だから、モニタールームや地下の風俗店に向かう階段を降りる時に、手を繋いでくれるようになったんだよ。三原の件はこれでいい?」伍代は何故かスマホのメモ帳アプリに『三原、心配性エロ要注意』と書き込んでいる。いや、それ書く意味あるの、伍代?「なるほど。三原が人目の無いところで、速水とイチャイチャしていたのはそのせいか」伍代の声が妙に納得したような響きを帯びる。「視野欠損の事実を逆手にとって、正当に速水とイチャイチャする機会を手に入れるとは……三原は油断ならないな」「伍代さん、誤解だから。三原とイチャイチャなんてしてないから!」慌てて否定する。だが伍代は意に介さず、次の質問を投げかけてきた。「よし、次は視野欠損の経緯だ。病気か? 事故か?」「あー、それ聞くの?」できれば避けたかった話題だ。喉の奥が苦くなる。「聞くに決まっているだろ??あ、まさかあの時か? 『ムカデ男』が持ち込んだアナルスタンガンで、ボケた秋山に頭をポカポカ叩かれただろ。あれか、原因は?」「思い出したくない記憶だ。でも、違うから」あの時の混乱は今でも鮮明に残っている。だが、視野欠損の原因は別のところにある。「じゃあ、正直に答えろ」伍代の声が、わずかに低くなった。「……理由聞いても、引かないでよ?」「心配しないで早く話せ、速水」まだ、伍代の尋問は続くらしい。清二から貰った花束で顔を隠しながら、視野欠損の経緯を一気に話すことにした。いやー、まじ話したくないなぁ。「柱にぶつけて、眼底出血して一部が視野欠損しました」一息に言葉を吐き出す。花束が、僅かに視界を遮ってくれる。「眼科にちゃんと掛かって、視野検査も受けて欠損部分
(速水 視点)花屋『かさぶらんか』に出勤すると、三原が豪華な花束を整え終えたところだった。僕がその花束に視線を奪われていると、三原が僕に気が付き、挨拶してくれた。「おはよう、速水!」「おはよう、三原!」僕が返事をすると、すぐ横から声が響いた。「あれーー、俺には挨拶なしっすか、三原さん?」伍代だった。僕は軽く肩をすくめる。「あれーー、伍代さんいたんですか?」三原がわざとらしく驚いて見せた。伍代と三原はあまり仲が良くない。二人は異母兄弟なのだけれど性格が全く異なるので、相性が悪いみたい。せっかくの兄弟なのだから仲良くすればいいのにとも思うが、どうやら難しいらしい。「三原、それって注文? 随分豪華な花束だね」僕は花束に視線を戻した。「今日の売上が楽しみーー!」「お前、完全に商売人の顔つきだな」三原が苦笑する。「で、この花束は青山組の組長から妻へのプレゼントだよ」「ん、妻?」思わず聞き返していた。胸が、どくりと跳ねる。「速水が出勤する前に、組長自らが『かさぶらんか』を訪れて花束を注文してくれたんだ」三原は花束を手に取る。「メッセージカード入りの花束だ。受け取れよ」「あ、うん!!」僕の顔が隠れてしまいそうなほどの大きな花束を受け取った。戸惑いつつも、胸が熱くなってしまう。清二が自ら『かさぶらんか』に足を運んでくれるとは珍しい。『愛人』から『内縁の妻』に昇格した僕は清二と同棲を始めたけれど、彼はやっぱり青山組の組長として忙しい身の上で、青山の屋敷に泊ることも多い。『愛人』の時よりは少し会う頻度が増えたかなと感じる程度だ。ただ、家庭に縁のない生活を長年送ってきた僕としては、今の生活に十分満足しているのだけれども。「速水さん、さっそく組長のメッセージカードを見ましょう」伍代が意地悪そうな笑みを浮かべた。「そんな意地悪そうな顔の伍代さんには、大事なメッセージカードは見せません」僕は花束を伍代に押し付ける。「僕だけが見るんだから、伍代さんはこの花束を持っておいてください。わざと床に落とすとかしたら怒りますよ」伍代に花束を渡すと、メッセージカードを花束の中から探し当てた。さっそくメッセージを確認する。視線を滑らせた瞬間、胸が熱くなった。『まずは、仕事が忙しく青山の屋敷に泊ることが多い事を謝りたい。だが、これだけは信
(速水 視点)「伍代さん?」怪訝に返すと、伍代は噛みつくように言葉をぶつけてきた。「お前はもう『性奴隷』じゃないんだ。クスリを盛ってセックスする必要なんてない。組長だってそんなこと、お前に望んでいなかったんだろ? なのに、お前はクスリが欲しいと言った。速水……次にクスリを盛られたら、抜け出せなくなるぞ」「セックス中に少し怖くなって、セックスドラック゚が欲しいなって思っただけだよ? 大袈裟だな、伍代さんは」軽く返したつもりだったのに、伍代は顔色を変えた。「大袈裟じゃない!俺の『性奴隷』仲間は、MDMA盛られた次の日に自殺した。いいか、速水。絶対に薬物はやるな。『性奴隷』時代に、俺は廃人になった奴を何人も見てきた。あれは……悲惨だ」その声音があまりに重くて、胸の奥が冷えた。けれど、ふと口が勝手に動いた。「伍代さんは、矛盾している」「何が?」「薬物を憎んでいるのに、その薬物をばらまくやくざの構成員をやっている」言った瞬間、伍代は唇を噛んだ。次いで、ふっと肩を落とし、苦笑いを浮かべながら僕を見る。「やっぱ、速水さんは人が悪い。まあ、確かにその指摘は当たっているな。俺は、やくざは嫌いだ。だけど、『性奴隷』でいる事はもっと嫌だった。だから、今の組長に声を掛けられたとき、俺は即座にやくざになるって決めた。もう俺は、二度と『性奴隷』には戻らない」その言葉に、胸がひりついた。自然と、声が強くなっていた。「僕も囲われの『性奴隷』には二度と戻らない……絶対に!」思っていた以上に激しい口調だったらしい。伍代が真剣な目で僕を見る。その視線が強くて、息を飲んでしまった。目を逸らそうとしても、視線が離れない。伍代はそっと手を伸ばし、僕の頬に触れた。その温度がじんわり染みる。「大丈夫だ、速水。お前は二度と『性奴隷』に戻ることはない」「……ありがとう、伍代さん」思わず、触れている手に重ね返そうとした。けれど、伍代はするりと手を引いてしまう。指先の余韻だけが残り、空気がわずかに冷えた。――もう少し触れていてほしかった。でも、それはただのわがままだ。気まずさを隠すように、僕は話題を変えた。「ねえ、伍代さん?」「ん、なんだ?」「前から聞きたかったんだけれど、伍代さんはどうして『性奴隷』になっちゃったの?」伍代は一瞬眉を跳ねさせ、わざとら
(速水 視点)伍代と寝室に飛び込んだ僕は、堪えきれず吹き出してしまった。さっきまで涙目で抱きついていた自分が嘘みたいで、我ながら役者だと思う。僕の肩を抱いていた伍代は、ぽかんと目を丸くしていたが、すぐ意地悪く笑ってスッと身を離した。「あー、速水さんは人が悪い。僕に抱きついて泣いていたのは演技ですか?」「まあね。『内縁の妻』になったからには最初が肝心でしょ? 浮気防止になったと思う、伍代さん?」にっこり笑ってみせる。さっきの組長の絶望顔は一生モノの思い出になりそうだ。「青山組の組長とは思えぬ、あの情けない声と表情! 当分、浮気はしないと思いますよ。ですが、組長の女の好みは大人しい女性だから、あまり我儘が過ぎると捨てられますよ、速水さん」また核心突くことを、笑顔で言う。胸に刺さるじゃないか。僕は苦笑して寝室のソファに腰を下ろし、軽く指で合図する。伍代は素直に近づいてくるが、座る時に絶妙な距離を空けた。伍代らしい。「何でしょう、『姐さん』?」「伍代さんは、本当に意地悪だなぁーと思って」「はい、俺のおちゃらけは無視と。まあいいですけど。でも、我儘が過ぎると捨てられる可能性があることは心に留めておいてください。兄貴分としてのアドバイスです」「うん、ありがとう伍代さん。後で、清二さんにはちゃんと尽くすつもり」“尽くす”と口にして途端に恥ずかしくなる。顔が熱い。「尽くすねー? ところで、今日のセックスはいかがでした? 上手くいきましたか?」「それ聞くの? もう、伍代さんは世話係じゃないですよね?」「まあ、そうですが。さっきモグラを見たでしょ? あいつは俺より医療の知識もあるし、速水さんの世話係専用に調教されてますから不便はないと思います。ですが、精神面のサポートはちょっと期待できないとは思います」“精神面のサポート”がまだ僕には必要ってことか……。不意にモグラの腫れた顔を思い出す。あの淡々とした“輪姦されました”報告。ふわっと胃が重くなる。表に出てしまったのか、伍代が覗きこんだ。「どうしました、速水さん?」「僕は、竜一さんや竜二さんが気に掛けてくれて、清二さんの愛人にもなれたから大丈夫だった。もしそうでなければ、モグラさんと同じ扱いを受けていたんだろうなって思って……ちょっと怖くなった」伍代が少し視線を落とす。「清一さんが死んでから
(伍代 視点)遅い。おそい。おそいーーー!!寝室に入ったきり、組長と速水が出てこねぇじゃねーか。悪い想像だけがぐるぐると頭を占める。まさか、あのヘタレ組長。張り切りすぎて、速水に無理な体位を強要したんじゃないだろうな?無茶ぶりされて速水が気絶、なんて展開……ありえそうで怖い。で、無防備にベッドに倒れた速水を――嫌な絵面が浮かぶ。「くそ、無防備な速水の色々可愛いところを、触りまくってるに違いない。『へなちょこペニス』のくせに。ああ、なるほど。『へなちょこ』だから無防備な速水に色々するしかないのか。まあ、中年オヤジだしなーーーうごっ!」背後から股間を思いきり蹴られ、声にならない悲鳴が漏れた。床が近い。視界がぐらつく。痛みで息が止まる。情けないが、すぐに立てねえ。ただ、この蹴りをかます奴は一人しかいない。床にうずくまりながらも、印象を良くするために無理やり口を開いた。「く、組長。ご苦労様です。うぐっ……今から、速水の世話係として、寝室に、ぐっ……向かいましゅっ!」「伍代……やはりお前に、速水の世話係は任せられん。今回から、世話係は『モグラ』だ。お前は、速水の護衛に専念しろ。それとな、性欲が溜まってるならさっさと風俗行くか彼女作れ。『かさぶらんか』のモニタールームで男の声でオナニーするなど以ての外だ。従業員から苦情が出ていると速水が困っていた。あいつを困らせるな」……え、え?オナニーの話、組長にバラしたのか?弟分のくせに兄貴を売るとは……失望したぞ、速水。俺は歯を食いしばって立ち上がる。蹴られた箇所がズキズキ疼くが、怒りの勢いで身体が動いた。くそ、速水に文句を言わなきゃ気が済まねぇ。だが視界に入ったのは、着物姿の組長だけ。「あれ、速水さんはどうしました?まだ寝室ですか?」「ああ、もう少し寝室にいたいそうだ」寝室の扉に視線が吸い寄せられる。胸がざわつく。――うまくいかなかったのか?速水は竜二にセックスドラッグを盛られてレイプされて以来、ロクに抱かれてない。トラウマがある。それを考えれば、上手くいかなくても不思議じゃねぇ。嫌な可能性をいくつも思い浮かべる。速水は組長を気絶して、組長が困って……無理やり。だから寝室から出られない――?「速水さんを寝室に一人にして大丈夫ですか?」「問題ない」組長はそれ以上何も